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Essayエッセイ

エッセイ「心の音」

2023 年 3 月
にっぽん丸

今年もまた、早速クルーズ船に乗船した。今回はバレンタインの日、にっぽん丸での二泊三日の乗船だ。

初めてクルーズに乗ったのは12年くらい前だっただろうか。当初は大海原にポツンと浮かぶ船に乗ることが怖いと感じていたのだが、乗ってみるとそのどっしりした頼り甲斐のある旅客船に惚れ惚れした。その時から海の魅力に惹かれ始めた。第一に、大型旅客船が陸から離れる時のあのわびしさが好きだ。汽笛が、何処か遠い誰かに向けて心を伝えようとしているような泣き声に聞こえる。誰も知り合いが沖にお見送りに来ていないのに、そこにいる人に手を振ると手を振りかえしてくれる。まるで旧知の大切な人との別れのように。少しずつ惜しみながら離れていく船の動きが、気持ちを高める。

大きな大きな海原に浮かぶ船。どんな大型旅客船でのクルーズであっても、海に抱かれる感覚がある。今回も演奏するための乗船だが、慣れてくると酔わなくなってきてる、と感じる。いや、そもそも今回はほぼ揺れずに静かな航海だったので、なおさらだ。むしろ、もう少しくらい揺れてくれた方が臨場感あるなあ、などと思ってしまったくらいだ。クルーズに仕事として乗るわけだが、演奏が終われば陸地移動のように日帰りとか、一泊で帰るというわけにはいかない。陸地ではないから最終で帰宅とかできないので、一番短くても2泊位にはなる。演奏が終われば、基本的にフリーで皆様と一緒に船旅を満喫出来るのが嬉しい。クルーズ船では様々な楽しみが用意されていて、なんら飽きることはないし、陸地であるものは船内にも大抵ある。映画、コンサートのできるホール、美容室やマッサージルーム。大浴場もサウナもあるし、プールもある。食事ができる場所は数えきれないほどたくさんあるし、ほぼ24時間、どこかで何かを無料で美味しく食べられる。ホントに美味しいから、どんな人でも大抵体重が増える心配はある。私は船の甲板を朝や夕方にウォーキングしていたが、ジムも備えてある。甲板に出れば潮風に吹かれながら朝日に心洗われて、夕焼けに感動する。夕陽が落ちる様子は本当に綺麗だ。地球って素晴らしいなと改めて感じる。帰れないからこそのそんな贅沢な、ゆっくり味わえる時間だ。そしてどこかに停泊すれば下船できる為、停泊した場所からは皆様とはさよならして、我々演奏家とスタッフは列車で帰路に着く。

しかし今回は、いつもと少し様子が違って、いわば初心者の方向けのお試しクルーズ、と言えるようなショート船旅。皆様と一緒に乗船して、一緒に下船する。どこかに停泊するのではなく、横浜港から出航して横浜港に帰り着く2泊3日のクルーズだった。近くの湾を揺れないような波を見計らってゆるり、ぐるりと回りながら静かに船内を楽しむ。ほとんど揺れなかったので、海上で停泊しているのかなと、何回か海を見た。停泊してる時もあれば、静かにゆっくり動いてる時もあった。今まで何回も乗ってきた様々なクルーズでは、時に台風に見舞われて荒れ狂う波にものが飛ぶほどの揺れもあった。初めの頃は、びっくりしたりドキドキして、大きな揺れに酔ってしまうこともあったが、そんな中でもヴァイオリンを構えると不思議に弾けた。ドレスの下の両方の足はしっかり踏ん張り、ふと思い出したのは学生時代に親友に教えてもらったスキーだった。少し膝を曲げてバランスを取るために丹田に意識を置く。嗚呼、スキーを滑る時のように体幹を据えればいいんだな、と納得した時には、大きな揺れが来てもデンと構えることができた。
慣れてくると酔わなくなるんだなと思っていたら、スタッフの方が「お歳を召されると酔わなくなるんですよ」と教えてくれた。
なるほど複雑な気持ちになりつつとも、クルーズ船での船旅は、確かにご年配の方々が多く、船旅を上手に楽しんでらっしゃる。

今後はますます、酔うことへの不安より船旅を味わうことへの楽しみが増しそうだな、と希望も感じた素敵なクルーズだった。

▼今回の航路