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Essayエッセイ

エッセイ「心の音」

2022 年 9 月
夏の想い出

9月、小さい頃から夏の終わり、風が涼しく感じるようになってくると楽しかったいろいろな出来事の終わりを寂しく感じたものだ。
家の近くの小さなお祭り、縁側ならぬ網戸の端に腰掛けて食べたスイカ、お庭で愛犬と遊んだ水遊び、海に海水浴に行ったことも仲のいい友達とキャーキャー騒いだ楽しい時間も、全て過ぎ去った寂しさを、切なく思い返す時期が9月だった。
この頃の地球温暖化の影響は、そんな季節の移り変わりをもかき消してしまっている。激しい天候異変は季節に関係なく私たちを脅かすし、夏は夏らしく、秋や春の繊細な風の動きを感じる時間が無くなってしまっている、、、。

まだ季節感が豊かに彩っていた幼い頃の夏の想い出といえば、私がまず最初に頭に思い浮かぶのは、母が作ってくれる夏のワンピースだった。
可愛らしい生地を選ぶ時から、私はウキウキしていた。
とにかく赤が大好きな私は、赤を基調としたクマさんやワンちゃんとかが描かれている模様の生地を選んで、コレで作って!と母にせがんだ。
母は、どんなに忙しい時でも、夜な夜な徹夜をしてでも、カタカタミシンを動かして型紙なしで器用に私のワンピースを作ってくれた。
頭からスポッとかぶるとても簡単なワンピース。何着か出来上がり、汗をかいては別の模様のに着替えるのがとても贅沢な楽しみだった。
そのワンピースを着てヴァイオリンの練習も楽しかった。
かわいい模様の生地を身につけているだけで、女の子は気分が上がる。
時折、テーブルに座っている母に聴いてもらうようにヴァイオリンを手に母の目の前に立つ。一番お気に入りの母製作ワンピースを身につけた私は、ステージを想像しながらお辞儀をして弾き始める。こんなふうに「開催」される「コンサートごっこ」は、最高の遊びだった。

12歳でプロデビューした私は、その夏ごとのコンサートごっこ影響がステージに反映されていたと思う。10代半ばまでのほとんどのコンサートでは母の作ってくれたステージドレスを着て出ていたことが想い出される。
春夏秋冬が鮮やかに移り変わっていた頃は、楽しく騒いだ夏の余韻が秋の気配を連れてきた時が気持ちの切り替えでもあった。
引き締まった心、少し成長出来た自分を自覚しながら、背筋を伸ばし秋のコンサートに向かうワクワク感。練習は不可能を可能にする、とは本当だと毎年実感していた。
難しい個所、弾けなかったフレーズをつまみ出して、その場所から丁寧にしつこくさらう。何日かして母の前での「コンサートごっこ」で弾いてみせると母が明るい顔で少し大袈裟なくらい驚いてくれるのが嬉しくて、そして楽しかった。

夏はどんどん上手になれる季節、お気に入りの特製ワンピースを着て練習する時間、1分1秒がキラキラしていた。大好きなヴァイオリンの練習を思う存分やって、自分でもわかるほど腕が上がった時の達成感は格別だった。そんな自分を連れて秋に入る9月、それも夏の締めくくりの大切な想い出だ。