コシノヒロコさんのドレスに巡り合ったのは数年前になる。
共演するピアニスト横山幸雄氏がコンサートやイベントなどでコシノヒロコさんの衣装で身を包んでらっしゃることと、博兄がコシノヒロコ先生と大変仲良くさせて頂いていることが縁となって、直接声をかけて下さった。
仲をとり持ってくれた博兄から、ある日突然電話がかかり「まり、とにかく今すぐにコシノヒロコ先生にお電話して!」という急展開の話だった。
あのファッションデザイナーの巨匠である「ヒロコ コシノ」先生に、いきなりお電話しちゃって、いいのー??
驚きと共にそう訊き返すと博兄は「いい!さあ、早く!今電話を待ってらっしゃるから!」と言ってそそくさと電話を切った。
それがコシノヒロコ先生と私とのの最初のコンタクトに繋がったのだ。
誰もが知る世界的デザイナーであるコシノヒロコさん。その人となりも、またとてもチャーミングでステキな、カッコイイファッションデザイナーだ。
そのドレスはさまざまな色彩に富んだ美しく個性的なドレスで、誰もが知るコシノ三姉妹のお一人でもある。一着一着がこの世の中において唯一無二の鬼才を放つ眩しいオーラがある。ヒロコ先生のオフィスには、心が釘付けになるような魅力的なドレスがズラリと並ぶ。
そもそもドレスに対する想いは12歳のデビュー当時からあった。
少女はドレスに憧れるものである。着てみたいドレスを少女時代、夢に思い描きながら、そのうちプロとしてステージを踏むようになった。
しかし実際には、演奏するためのドレスには昔から様々な悩みと工夫も必要になった。
悩みといえばなんといってもヴァイオリンが弾けるドレスでなければ着ることが出来ない点だった。
ヴァイオリンを抱えて挟む左肩と左顎の下は、直接触れる大切な楽器を傷つけてはいけない。響きの妨げにもなってはいけない。ドレス生地そのものの材質、厚み、当たる場所などに気を配る必要があった。
ヴァイオリン演奏は左右アンバランスな姿勢で楽器を抱える。そしてソリストの場合は常に立って右足、左足に体重を移動させながら音を作り出す。そのため右の腕周りは運動量が激しいし、足元でも動きが絶え間なく、それらの妨げにならないことも重要とした。
着飾るためのドレスではなく、なんといっても演奏するためのドレスなのだ。
弾きやすいと言うことを忘れてはならないため、様々な制約が生まれ、ステキに見える既製品を持ってきても「コレもダメ、アレもダメ、作って頂かないとダメだ、、、」と気がつく。
幼い頃こそは母が拙いながらもミシンでカタカタ縫って作ってくれたドレスが嬉しくて着ていたが、プロデビューしてからはそうもいかなくなった。
10代の頃、素敵なドレスを着たいと言う少女心に夢は膨らんだが、少女漫画に描かれたようなお姫様みたいなドレスは、着て弾くことができないとわかるまでに、時間は掛からなかった。うまく腕が動かなかったりヴァイオリンが弾きにくかったり、重たかったり暑かったり。
大学時代だっただろうか。これはもう体操選手の体操着みたいなものだ、と思った。体操選手のウェアやコスチューム、そんなつもりでステージドレスをオーダーした時があり、流石に評判は良くなかった。「少しはお客様がご覧になることも考えたほうがいい」などアドバイスを受けた時期もある。その後、あーでも無い、こーでも無い、と百貨店のドレス売り場の人に頼んでみたり、友人のドレスを作るのが上手だと言うお母さんにお願いしたり、ドレスメーカーにオーダー、ハナエモリさんに制作していただいたり、ヴァレンティノのドレスを母が買ってくれたり、マックスマーラのドレスに弾きやすいドレスがあり嬉しくなったり、、、。
コシノヒロコ先生の素晴らしいところは、その私の悩みを全て、お見通して感知し、不安を拭い去ってくださる点だった。ファッションセンスはもちろんのこと、巨匠ファッションリーダーたるお方
は、すぐい稀なる鋭い感性を持ち合わせていらっしゃることだった。
昨今は、コンサート会場の大きさ、季節、コンサートのテーマ、演奏する曲目、共演者などによってドレスをチョイスする。
去年でデビュー45周年、今私はステージで、パフォーマーとしての演奏家を意識する。
思い出すことがある。恩師江藤俊哉先生が、昔おっしゃったことだ。
ー ソリストは、一歩ステージに足を踏み出したら、そこからあなたのワールドが始まる。時計の針が動き始めるのです。夢の世界に聴衆をお連れするのですよ。
たとえその時40°の熱があっても、朝家族と大喧嘩していても、聴衆に感じさせてはプロでは無い。
一歩踏み出した時から、現実はいっさい持ち込んではいけない ー
このことを大いに助けてくれるものこそが、身にまとう「夢」なのだと思う。「ドレス」という夢。
聴衆の方々が現実から離れて、コンサートホールの座席に座ったら、そして開演ベルが鳴ったその時から、動き出す「夢」の世界。
ドレスは空間を、一瞬にして別世界にするオーラがある。
音楽という芸術とコラボレーションされたときの化学変化が、まさに、一期一会の空間だと思う。
もう、二度と戻らない時間と空間が、ライブコンサートの魅力となるのだと私は信じている。