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Essayエッセイ

エッセイ「心の音」

2021 年 2 月
巨匠 舘野泉さん

巨匠・ピアニスト舘野泉さんとの夢の共演が実現した。
デュオコンサートが、昨年1回、そして先月1回開催された。
昔から舘野泉さんと言う素晴らしいピアニストのことは尊敬していたし、近寄りがたく遠くから拝聴させていただいていたが、この度のデュオでお近づきになれた時、その人となりに触れて、さまざまな驚きがあった。

舘野泉さんは現在84歳。
2002年に突然脳溢血で倒れ、右半身に後遺症の麻痺が残ってしまったかただ。
しかし翌年に音楽祭で復活する。あらたに、左手だけでピアノに向かい、左手だけで演奏するピアニストとしてステージに戻ってらっしゃったのだ。
左手だけのピアノ曲はもちろん世の中に存在する。何人かの作曲家が残している左手のための名曲があるが、それでも曲目自体は少ないだろうなあと、まず私たちは考える。
しかし74歳から始まった舘野さんの左手ピアニスト人生は、勢いよく繰り出していくのだ。多くの作曲家に「左手のための」作品を依頼して、その新作を次々とこなしていく。
新曲に向かう積極的なエネルギーを持って、ピアノソロだけでなく、様々な楽器とのデュオや、室内楽が、どんどん生まれていく。
さて、その中にはヴァイオリンとのデュオ曲もある。
今回は、ジャズ風の楽曲、谷川賢作作曲 「スケッチ オブ ジャズⅡ」 から3曲と、久保禎作曲 「5つの風景画」から2曲、それに加え、従来のクラシックの名曲であるマスネーのタイスの瞑想曲やバッハのG線上のアリア、フォーレの夢のあとに、の3曲はほぼそのままの音符を舘野さんが左手で奏でる。当然これらの既存の曲のピアノ部分の楽譜は、左手のために書かれた曲ではないから、至難の業であり不可能に近い。いや、不可能なのだ、本来。
最初のリハーサルで果敢に挑戦なさる舘野先生に対して僭越ながら「この曲はやめることにしませんか?」と提案した私。
が、しかし舘野さんはキッパリと
「いや、意地でも弾きます」と、少しだけいたずらっぽく笑ったあと、「練習します」と、あの穏やかな微笑みを私に返してくださった。私は感動し、なんて素晴らしいマエストロなんだろうと驚愕した。
そう、舘野泉さんは、常に穏やかでいつも静かに落ち着いてらっしゃる。
舘野さんが声を荒げて怒ったりするなんてありえないし、慌てたりイライラしたりすることは全く無い。ピアノに向かえば目に見えるほどの集中力で音楽に没頭し続けて終わりがない。
物理的に考えれば不可能ではないかと思われる音符に迷いもなく向かっていく。決して諦めない、挑戦し続ける、そういう舘野泉さんの姿勢は、世界中のあらゆる職種の方々に影響を与えるはずだ。
「もっと練習して、もっと弾けるようになります」
そんなことをおっしゃってハハハとお笑いになるマエストロ、実際見事に弾きこなし素晴らしい音楽を奏でる舘野先生、凄すぎます!