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Essayエッセイ

エッセイ「心の音」

2019 年 8 月
夏休みの特訓

8月になると必ず思い出すことがある。
15歳の夏の特訓だ。
なぜだろう、あのとき「15歳の夏は一度し来ない」という何ら不思議でも何でもないことに、新たなる発見でもした 如く思い立って、あわてて夏休みプランをたてた。
まるで砂時計を見つめるような思いで時計の針を凝視し、5分刻みのスケジュールをたてた。
その時の私にとって「一度しかない15の夏」は貴重であり、一分一秒を惜しんだ。
もちろん、バイオリンを練習したいがため、である。
1分でも多くの時間をバイオリン練習に向けたかった。
確かな理由としては「日本音楽コンクール」があった。大人のコンクールに出場できる最年少年齢は15歳だったからだ。
12歳でプロデビューしていた私は既に演奏会で走り回っていたが、バイオリニストの登竜門である「音コン」には幼い頃からの憧れがあったのでどうしても出場したかった。
しかし当時の恩師・江藤俊哉先生は渋い顔をして首をひねった。
「あなた、落ちたら問題よ~」(先生は女性っぽい言葉を使う)
「あなたが出るなら優勝する以外はないですよ。しかしそれは難しいことよ。飛び抜けていないと優勝出来るとは限らないからね、あなた一人子供だしね、見た目も損よ」
なるほどと納得した私は、自分の限界まで努力して挑戦したいと思ったのだ。
学校へ通う平日と、休日のプランを円グラフに書く。平日は4時間位しか練習時間を捻出出来ない代わりに、休日には14時間をバイオリンに当てる。8時間寝てしまうから残りの2時間を3食とお風呂とわずかな休憩時間にあてた。
そんな特訓が出来たのも15歳という若さがあったからだろう。
毎日へとへとにはなったが、不思議に爽快感と達成感で楽しかった。
十代では上達も目に見えるほどだ。自分でもハッキリとわかるほどスキルアップして、翌日には前日に苦労したフレーズが難なく弾けていたからますます面白かった。
果たして私は15歳の最年少で優勝することができた。
それは嬉しいこと、というよりも、義務を果たしたような安堵だった。そして何より、私にとっての一番の宝物となったのが、あの夏の自ら掲げた特訓期間である。
あとにもさきにも、あんなに無我夢中に過ごしたバイオリン一色の夏休みはない。
あれ以上は出来ないというささやかな誇りと、あそこまで頑張れたという自信が私の根底に刻まれた。
8月になると、あのときの場面が思い出される。
さあ、今年も何か目標を持って頑張りたい、と毎年思う。
今年も、いまの自分に出来る精一杯の毎日を、と。