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Essayエッセイ

エッセイ「心の音」

2026 年 7 月
銭湯

銭湯が大好きだ。
私の中で、プチ贅沢な自分へのご褒美。
小さな銭湯も好きだし、スーパー銭湯も楽しい。最近は至る所にスーパー銭湯が出来たようだ。

スーパー銭湯というものが流行り始めた頃、私には切ない想い出がある。
父との数少ない想い出だ。
私は、長い間、父とのコミュニケーションがうまく取れない娘だった。
寡黙で真面目な父。正義感が人一倍強く、いつも厳しく私たち3人の子供を見ていたように記憶している。いや、決して怖いとか叱るとか、そういうことではない。むしろ穏やかな父、言葉は少ないがそこに座ってるだけで威厳を感じ、子供の私は圧倒されて父へ向けた言葉が出なかった。
父の隣でお茶目にふざける母を、父はニコニコ笑いながら「そのくらいにしておきなさい」とか静かな口調でいさめていた父。
そんな父と心の中で距離を持ち始めたのは、私がヴァイオリンで挫折して、音楽活動から離れた時から、だった。
家族みんなが私の気持ちに寄り添ってくれていた時、父は「残念だね。あきらめちゃうのかい。人生はロングレースだよ。努力は続けた方がいいよ」と静かに私に話しかけた。
私は寂しかった。それまでの努力を父に認めて欲しかった、、、。父だけが私をわかってくれない、と思い込んだ私は父から離れるようになっていった。距離を持ち、話をすることも無くなって2年、「人生ロングレース」の言葉が心にずっと引っかかっていた私は再び楽器を手にするようになると、父とも少しずつ話をするように戻っていった。
私もやっと大人になれたのか、父の優しさがわかるようになると、陰で私をずいぶん心配して悩んでいた様子も耳にした。わかってなかったのは私の方だった。

私は父と仲良くなりたくて、ある日近くのスーパー銭湯に誘ってみた。父は自宅のお風呂に長く浸かることが多く、お風呂が好きなんだなあと感じていたからだ。
「お父ちゃま、お風呂に行かない?なんか大きな銭湯が近くに出来たんだって」
そんな誘いに父は、それまで見たこともないような嬉しそうな笑顔を私に向けた。
あの穏やかで静かな父が、ことさら不自然なほど大きな声で「おお!それは良さそうだねえ!行ってみるかい!」
夕ご飯の支度をしていた母も、向こうのほうで嬉しそうに笑った。
それから頻繁に、私は父をスーパー銭湯に誘った。
「今日はどっちが運転する?」スーパー銭湯への15分ほどの道を、私が運転したり父がハンドルを握ったり、その会話も嬉しかった。
ただ、心配になったのは、銭湯を出てきた父の呼吸音だった。顔も赤く浮腫んでいるように見え、なんだか苦しそうにも見えた。それでも私を見ると父は、精一杯の笑顔を私に向けて「やあ!」と、ぎこちない”挨拶”。そんな父が心配になり、ある日病院へ連れて行くとやはり心臓に異常が見つかった。
それからわりとすぐだった。容態がどんどん悪くなり、父は亡くなった。
「私が父の心臓を悪化させたに違いない」
後悔と悔しさと、、それと同時に父の優しさや愛情が次々と思い出され、込み上げてくるものが抑えられなかった。

スーパー銭湯。
ずいぶん久しぶりだったのだが、大好きなスーパー銭湯に今年に入って友達と行く機会があった。様々なお風呂やサウナ、生まれて初めて経験する岩盤浴。途中で食べる食事も、友達と過ごす楽しい時間は相当リラックスできて、学生時代に戻ったようだった。
そして必ず思い出す父の笑顔。
赤らんで、少し浮腫んだ精一杯の笑顔。私に向けた父の優しさ。苦しい呼吸を我慢して私に付き合ってくれた父の愛情。帰り道、銭湯でほてった身体のままハンドルを握る私の心を更に熱くした。