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Essayエッセイ

エッセイ「心の音」

2026 年 6 月
『ビューティフル・マインド』

昔の映画を観る。
時折、心に温もりが欲しくなると、ジーンと出来るような映画を選ぶことがある。
面白く楽しい映画もまた、気持ちが開放されていくが、時折深く共感したい映画に触れるのもいい。
最近観たのは、『ビューティフル・マインド』
数学者が主人公の映画だ。
私は、父が数学者だったからか、幼い頃から数字にとても興味があった。算数、数学の科目がとても好きだったこともあり、この数学者の映画は特にシンパシーがもてた。

今までに何回と観て、何回と涙し、心が満たされ感動しながら、気持ちも新たに「自分の目指す道をたゆまず努力しよう」とたびたび燃えるのだ。今回も、久々に心満たされ、気持ちも新たにリフレッシュされた。

主人公は実在した数学者であり、最終的にノーベル経済学賞を受賞している。
しかしその人生は信じられないほど波乱に満ち、その中で数学を愛し続けたジョン・ナッシュという数学者が素晴らしい。
“天才”というのは間違いなく彼のことをいうのだろう、と疑いの余地もなく、しかしだからこその孤独・疎外感・一種差別的な視線の中で耐えながらなおも数学を追おうとする1人の人間の生き様が強烈な印象を与える。
主人公ジョン・ナッシュが精神疾患だということがわかってから、その壮絶な闘いが明らかになる。しかしその事実が観てる側にわかるのは映画のあとの方なのであって、それまでは幻想・幻覚と現実の区別はない。観ている側は途中まで「その全てが現実だ」と思いながら彼自身と同じ立場で人生を体感するのである。
映画の後半になって、やっと”それは精神的な病だったのだ”ということを知るのだが、そのショックはいかばかりか考えられないほどだ。衝撃的事実を目の当たりにして、ジョンの妻同様に観ている私たちもまたうろたえながら、彼の絶望をただ案じるしかない。彼を支え続けた妻の深い愛もまた感動的ではあるものの、それ以上に孤独の端に追いやられた彼の寂しさと絶望がたまらなくなる。

全てをネタバレするつもりはないが、なんといっても「万年筆の場面」はグッと迫り来るものがとめられない、と一言だけ添えておきたい。
この映画で、人生とはどういうものか、何が美しいのかと常に問われ続けている気がする。

前回、映画『ブーニン』についてのエッセイを書いたばかりだが、今回も偶然ではあるが共通している“美しさ”がある。
人生の生き方の美しさ、だ。
それは単に”キレイ“ということではなく、信じる道を泥にまみれながらであっても、たゆまず歩み続ける人間の潔さ、のことを意味する。
しかも、どちらの主人公も、背負わされた過酷すぎる運命を従順に受け止めて、ただ粛々と信じる道を歩むのだ。たとえ誰にも理解されなくとも、たとえ失敗ばかりが続いてしまっても、そして目指そうとする方向に光がなかなか見えてこなくても。

観た後に、自分の悩みや疑問はなんてちっちゃなことなのだろうと、なんだか勇気をもらえてまた、前を向いて歩いて行こうと思えるのだ。