ヴァイオリニスト、千住真理子の公式サイトです。

エッセイ「心の音」:続-コロナで変わったこと (2020年8月)

2020/8/1

続-コロナで変わったこと

ゆっくり歩くようになった。
ゆっくり食べるようになった。
ゆっくりお風呂に浸かり、ゆっくり考え事をして、ゆっくりお買い物をするようになった。
卵を生で3つ丸呑みにすることから遠ざかり、その卵をフライパンで様々に調理して味わうようになった。

ゆっくり歩くと様々なものが見えてくる。雨が降った後は草木が香わしい。足元に咲く小さな花が誰に愛でられなくとも美しく、健気に生きている。
保育園児達のかわいい声に目をやると、保育士さんがたに守られながら、眼に触れる全てをくまなく観察してはしゃいでいる姿にほっこりする。嗚呼、わたしもきっと幼い頃には、こんなふうに守られながら育ったんだなあと、今は亡き方々や両親に改めて感謝することが度々ある。

ゆっくり食べると素材の味わいが染みてくる。野菜を育ててくれた方、お米を育ててくれた方、みなさんの温もりが有り難いなあと感じる。
ゆっくりお買い物をして、今日は何をつくって食べようかなあと考える楽しみ。そんなこと今までなかったなあ、と。

とにかく走って来た。
12歳から、そうだ、プロデビューしたあの日から、全速力で突っ走って来た。そんな姿を見た父は私に「人生はロングレースだよ」と諭した日もあった。しかし私は走り続け、転んで起き上がれなくなった時期も、あった。
それでも学業との両立も苦しかったから、時間が足りなくてますます走れるだけ走って来た。人生も、日常も、一日の過ごし方も、何もかも。
ある日母にも言われたことがあったなあ。「座りなさいよ」って。
座るなんて時間がもったいなくて、とてもじゃないが出来なかった。

ステージの上でバイオリンを奏で、聴衆の方々と心を通わせることは、日常だと思っていた。
コンサート後にロビーで行うサイン会では聴衆の方々と直に触れ合い、話をして握手をする、それが当たり前だと思っていた。
音楽で、バイオリンという楽器で、ベートーベンで、バッハで、私は呼吸をして来た。当たり前のように、ステージの上に音楽があった。

当たり前じゃない事に気づいた今、そこにある「一期一会」が奇跡的な歓びにかわる。
夢に見る、ステージの上。
モーツァルトやチャイコフスキー、クライスラーの素晴らしい作品を演奏する感動、聴いてくださる聴衆、その大切な出会いを今か今かと待ちわびながら、ひとり部屋で練習にあけくれる。ストラディバリウスと語り合いながら。